むかしむかし 美濃の国から飛騨の国への 通り街道に
神渕というまるでウナギの寝床のようにほそ長く続く村がありました。
ある日のことです。
この村を一人の旅の男が通りかかりました。
でも なんだか少しようすが変です。
おとこはよたよたと歩いてきてついにお寺の門のところで
ペタンと座り込んでしまいました。
そこへ 和尚様がお寺から出てきました。
和尚様は男の人に尋ねました。「どうなされたのじゃな?」
おとこは和尚様に答えました。
「私は木彫師の甚五郎と言う者です。実は これから
飛騨の高山へ カラクリ人形を作る為に行くところなのですが、
旅の途中どこかで路銀を落してしまい、もうまる二日何も食べていません。」
「おお、それはお気の毒に。それではひとまずこのお寺にお泊まりなされ。」
和尚様はそう言って旅の男を泊めてあげました。
「何分と山奥の村じゃ。さあさ あまりご馳走はできませんが、
どうぞお腹いっぱい召し上がって下ださい。」
和尚様はそう言って 木彫師の甚五郎にご飯とお味噌汁
山で採れた山菜やらを差しあげました。
「それから これから高山まではまだ大分とある。わずかじゃが
持って行きなされ。」和尚様は 路銀を渡たしました。
「和尚様有難がとうございます。お陰で助かりました。」
甚五郎は目に泪をいっぱい浮かべ、何度もお礼を言いました。
「なんの なんの 困った時は お互い様じゃ。そんなに
気になさらなくてもいいですよ。」
和尚様は優しいまなざしで甚五郎に言いました。
「和尚様、私は京の都では少しは名の通った木彫職人です。
このご恩と言っては何ですが、一つ何にかを彫らせて下ださい。」
「高山へ行くのはもう少し後でもいいものですから…」
「そうじゃのう……」
和尚様はしばらく考がえていましたが、
「その昔、スサノオノミコトが、”やまたのおろち”を退治された時
龍の首がこの神渕の里まで飛んできてほれ、
お前様が座り込んでおった側の池に落ちたとのことじゃ。
それ以来このお寺のことを龍門寺と呼ぶようになったのじゃが、
この寺には龍の形をした物がない。」
「甚五郎どんが そう言ってくれるのなら、一つ木彫の龍を
作って頂だけるかの?」
和尚様は甚五郎にこう言いました。
「和尚様喜こんで作くらさせていただきます。」
次の日から甚五郎はお寺の本堂で木彫の龍を彫始じめました。
三日三晩というもの甚五郎は寝る時間も惜しんで彫り続づけました。
そして四日目の朝、龍の彫り物は完成しました。
「おお これはすばらしい! 見事なものじゃ まるで今ますぐに
でも動き出すようだ。う〜ん」
和尚様はあまりにもすばらしい出来栄に思わずうなってしまいました。
龍の彫物は寺の門に具なえつけられました。
まるで龍がこの門に住み着いているかのようです。…・・
その夜のことです。
ピカッ!ガラガラガラドドオン!
ものすごいカミナリの音ともにザザアーと雨が降り始めました。
風もゴオーと吹き荒れ、
その中を何かがものすごい唸なり声をあげながら駆け回わっているようです。
村むらの人々ひとびとは突然の出来事、
恐ろしくなり雨戸を締め切ってガタガタ震えていました。
そうして 夜が明けました。
「おい 夕べの嵐はすごかったのう」
「本当に!何や恐ろしかったのう。」
村の人々は会うたびに夕べの嵐のことを話し合いました。
「あの恐しい叫び声は何じゃろう?」
「そうじゃそうじゃ なんじゃろう?」
村の人々は嵐の中での出来事に心を震るわせていました。
そして このことは 次の夜も又その次の夜も続づきました。
「おお あれは!」
一人の若者のが 恐そる恐そる戸を開けて荒れ狂う外の様子を見ました。
そこには
雨風にまじって世にも恐ろしい一匹の龍が大きな叫び声をあげながら
飛び回っているではありませんか。
「龍だ!龍が飛び回っている!」
若者は大きな声をあげました。
次の朝、この龍の話で大騒ぎです。
「きっと お寺の龍が暴れまわっているんだ!。」
「そうだ!そうに違いない!。」
村人達はそう思い和尚様に話しました。
「そうか この門の龍が…・・暴れまわっているのか…・・。」
「きっと ”やまたのおろち”の魂が乗り移ったに違がいない。」
和尚様は高山に行った甚五郎を呼び戻すために村人ひとを使いにやりました。
高山から再び龍門寺に戻った甚五郎は、
「和尚様それでは龍の心の臓を取り出しましょう。
そうすれば この龍は絶対動き回りません。」
こう言うと甚五郎は、木彫の龍から心臓の部分をくりぬきました。
「和尚様これをどこかに念仏を唱えて埋めてください。」
甚五郎は そう言ってくりぬいた木彫の龍の一部を渡たしました。
和尚様は、念仏を唱なえ これを土の中に埋めました。
それからは不思議なことに、暴れまわっていた龍この村に現われなくなりました。
あくる年のことです。和尚様が念仏を唱なえ土の中に埋めた所から
木の芽が出て、あれよあれよといううちに大きな桜の木となって見事な花を咲かせました。
村の人々は、この桜の木のことをいつしか ”甚五郎桜”と呼ぶようになりました。
甚五郎桜は現在も春になるときれいな花を咲かせています。
おわり
画像をクリックすると拡大表示できます。