はじめに

この美濃加茂市蜂屋町は古くから干し柿の生産地として各地に知れ渡っています。
文献によれば 
古くは奈良時代以前より干し柿を朝廷や公家等に献上していたようです。
戦国時代には信長や秀吉、家康などにも献上していたとのことです。
現在においては宮内庁ご用達の品にも加えられております。
実際は”堂上蜂屋柿”と呼ばれているようです。
この蜂屋柿をテーマに作りましたが、
例によって史実とは何ら関係がありませんので、ご承知おきください


むかしむかし
美濃の国の蜂屋村に弥平と言う男が住んでいました。
弥平はとても働き者で、朝薄暗い頃から夜遅くまで、
田んぼや畑でせっせこ、せっせこ働いていました。


ある日のことです。
弥平はたきぎを取りに、山にでかけました。
ショイコにいっぱいの薪を取り、山を降りようとした時です。
頭の上にカラスがカーカーと鳴いて飛んできて、
弥平の足元に何やらポトリと落としていきました。
「おや これは柿の種ではないかな?」
弥平はその柿の種を拾って懐にしまい、家に帰りました。


「おっかあ 帰ったぞ。」
「おや お前さん。随分早かったねえ。」
「ああ 思ったより早くしまえたワイ。それになあ」
弥平はカラスが落としていった柿の種のことを女房のお里に話しました。


「庭の隅に植えるかのお。」
「うまい柿になるといいねえ。」
二人はそう言って庭の片隅に柿の種を植えました。

{桃栗三年、柿八年。梅はスイスイ十三年。}



昔より桃や栗は実をつけるのに三年、柿は八年 梅はなんと
十三年もかかるとの言い伝えがあります。
弥平はこの柿の種を懸命に世話をしました。
そうして八年過ぎた秋のことです。

いつものように朝早く起きた弥平は外にでて、大きくなった
柿の木をみました。
「おっかあ!できたぞ できた。」
「柿の木に実がなったぞ!。」
朝飯の仕度をしていたお里も、弥平の大きな声に驚いて外にでて来ました。

「あ〜れ ほんとじゃ。」
「おっとう よかったのう。ようやく柿が実をつけたのう。」
「世話したかいがあったわい。よかったよかった。」
弥平とお里は一杯実をつけた柿の木を感慨ぶかく見ていました。

「あと ちょこっとすると 真っ赤になるで、そうしたら一緒に食べよかの。」
「ええ 楽しみじゃねえ おっとう。」

柿の実は日に日に赤色を増してきました。
「どおれ もうええじゃろう。」
「お里 柿の実をちぎるぞい。」
弥平とお里は柿の実をもぎ、
真っ赤に色ずいておいしそうな柿の実を二人でガブリと食べました。


「うへ〜!」
弥平は一口食べて、その余りの渋さに思わず大きな声を出しました。
真っ赤に色ずいてうまそうな柿は、なんと渋柿だったのです。
「おっとう、これは渋柿じゃ!。とっても食べられるもんじゃない。」
「世間様に笑われるまえに、早う柿の木を切ろまいかの。」
その当時は、渋柿の木はすべて切り倒していました。
「うん・・・・。」
でも 弥平はまだあきらめきれません。
「もうちょこっと 様子を見よまいか。」
柿の実は日に日に赤みを増してきましたが、
一つもぎって食べてみるとやっぱり渋柿です。

そんなこんなしている内に渋柿だということが近所に知れ渡ってしまいました。
「八年もかけて、弥平どんは渋柿を作った。ワハハハ。」
「ほんにご苦労様なこった。ワハハハ。」
あげくの果てに子供達からも「わ〜い しぶがきやへいのおっちゃんや・・・。」
とからかわれる始末でした。
やっとのことで、弥平は決心をしました。
「明日もういっぺん食べてみよ。それでダメなら柿の木を切ろう。」
弥平は寝床にはいりました。

どのくらいたったでしょうか。
「弥平どん。弥平どん。」
弥平は薄目を開けました。
枕もとにきれいな娘が座って弥平を呼んでいるではありませんか。
弥平は「これはきっと夢に違いない。でもきれいな娘だなあ。」と
思いつつまた瞼を閉じました。
「弥平どん。弥平どん。」
今度は弥平の体に手をかけてゆするではありませんか
弥平はあわてて飛び起きました。
「お前はだれじゃ?この近所の娘ではないな。」
「こんな夜中に何事じゃ?」

「私は、弥平どんに育ててもらった柿の木です。」
「明日弥平どんは私を切ってしまうおつもりですか?。」
なんとこの娘は柿の木の精霊だったのです。
「ああ 明日 もし柿の実が渋かったら、これ以上世間様に笑われとうない。」
「そん時は かわいそうじゃが切るしかないじゃろうのう。」
「お願いです。私を切らないでください。」
「そんでものう・・・。」
「お願いします。弥平どん。私を切らないで下さい。」
柿の木の精霊は何度も何度も弥平にたのみました。

「弥平どん、柿の実の皮をむいて、軒の下につるして一月ほど干してください。」
「きっと 甘い柿の実になりますから。」
「どうか それまで私を切らないでください。」
娘はそう言うとすっと消えてしまいました。


次の朝、弥平は柿の実をすべてちぎり、皮をむいて軒の下につるしました。
女房のお里もあきれて見ていましたが、しまいには手伝ってくれました。
「お前さん、こんなことをして又近所から笑われるだよ。」
弥平は夕べのことをお里に話しました。
「キツネかタヌキに化かされたんじゃないのけ?」
「うん でもいっぺん信じてみようと思っての。」
「柿の木はいつでも切れるからの。」

軒下にはズラリと皮をむいた渋柿が並びました。
これを見た近所の人は「とうとう 弥平どんも気がふれたわい。」
「まだ若いのにのう。気の毒なこっちゃ。」
とうわさをしておりました。

そうこうしている内に一月がたちました。

お殿様がこの蜂屋村を見回りにきました。
あちこちの様子をみまわった後、弥平の家の前を通りかかりました。
軒下に何やら薄黒くなったものが並んでいます。でもそのあたりから
とてもかぐわしくうまそうな匂いがしてきます。
「これはなんじゃ?」
弥平はお殿様に直接尋ねられたので、びっくりしました。
「へい これは柿を干したものです。」
「なに?柿を干した?うまいのか?」
弥平は返答に困りました。うまいのかまずいのか弥平にもわかりません。
口のなかでもごもごしていると、突然 お殿様はその柿の実をつかみ
ガブリと口のなかにほうり込みました。

「うお〜〜〜。」
お殿様がものすごい声を出したので、弥平はお手打ちになると思い、
土下座をして額を土の上にこすりつけ、「お殿様 お許しください。」と
謝りました。お里もあわてて飛び出してきて、
「お殿様、どうかお許しくださいませ。」とペコペコ頭をさげました。
近所の人たちも「これで弥平どんも打ち首じゃろうな。」
「気の毒に、いつまでもあんな柿の木を置いておくからじゃ。さっさと
切ってしまえばよかったのに。」と思っておりました。

「そのほう 名はなんと申す?」
お殿様は弥平に尋ねました。
「へ へい 弥平と申します。」
「弥平と言うのか。」
「弥平 今すぐこの柿の実を城にもってまいれ!必ず一人でまいれ!よいな。」
お殿様はそう言うとお城に戻っていきました。


「お里 もうだめじゃ お城にこの柿の実をもってこいとの事じゃ。」
「それも一人じゃとのことじゃ。お里世話をかけたの。」
「おわかれじゃ。お里・・・・後をたのむぞ。」
「お前さん わ〜〜ん。」
お里は大きな声で泣き始めました。
「お里 うえ〜〜〜ん。」

二人は抱き合って泣いていました。
そこへお城からの使いの者がやってきて、「おい!弥平さっさとしろ!。」と
どなりつけました。
弥平は軒下の柿の実をすべて取り、ショイコに背負って、家来の後をトボトボと
ついて行きました。


お城についた弥平は
弥平の家がスッポリ入るくらい広い部屋にとおされました。
「ここで 心を決めて静かに待っていろ!。」
家来はそう言うと弥平を一人だけにして去っていきました。
「心を決めて待ってろということは、もうダメじゃ。」
「静かにしていろって言ったって、ガタガタ震えがきてたまらんわい。」
弥平はブルブル震えておりました。
どのくらいたったのでしょう。
障子がスッと開いて、一人の腰元がお盆の上に何かを載せて運んで来ました。

「さあ これを飲んで楽になってくださいな。」
{打ち首はまぬがれたけんど、これはきっと毒じゃ。ああ お里とこれでお別れじゃ}
そう思いながら 弥平はお盆の上の飲み物を覚悟を決め一気に飲み干しました。
{熱い!熱い いよいよこれで おしまいじゃ・・・。}
と思いましたがしばらくするとなにやらとても気持ちがよくなってきました。
もののついでにもう一つの飲み物もグイっと飲みました。
ますます気持ちが良くなりました。

そこへお殿様が供の者を従えやってきました。
「弥平 そのほうどうやってこの柿を作ったのじゃ?」
弥平はあの夜の娘の話をお殿様に話しました。
「するとこの柿はもともとは渋柿じゃったと言うことか?」
お殿様は再び弥平に尋ねました。
弥平は娘から聞いたとおりの作り方をお殿様に話しました。

「弥平 これを食べてみよ。」
お殿様は柿の実を弥平に渡しました。自分で作った柿に実ですが、
干した実は初めてです。
弥平は手にとった柿の実を恐る恐る口にもっていきました。

「う うまい!」
なんと この世の物とは思えないほどに甘く美味しいものでした。
「弥平 見事じゃ! そのほうの家から柿の実をすべて持ってこさせたのは
他国に知られたくなかったからじゃ。」
「いずれ他国にもわかるじゃろうが・・これをわが国の産業にしようぞ。」
「弥平 そのほうに褒美をとらすぞ。」

「おさと〜〜〜〜。」
弥平は一杯のご褒美を背にお里のいる家へと走ってもどりました。
柿の木の下を通りかかった時です。どこからか
「弥平どん ありがと。」と
あの娘の声が聞こえました。

村の人たちも 弥平のことを誰も笑ったりしなくなりました。
そして 弥平とお里はいつまでも 仲良く暮らしましたとさ。


                 おしまい



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