{お〜い権蔵どん もうすぐ 夜になるよ〜早く帰れ〜 かあ〜かあ〜}

それまで一心に野良仕事に励んでいた権蔵は、
カラスの鳴き声で立ち上り大きな背伸びをしました。
夕焼けの空に雲がひとつ ぽっかりと浮かんでおりました。
その雲も赤く化粧をしていて、権蔵をみつめています。

「さあて そんじゃあ帰るとしょうかの お天道様今日一日ありがとよ。」
山の陰に沈もうとしていたお日様もにっこりと笑って{おつかれさん}と
言ったような・・・・・

村のはずれの畑から鎮守様の森を通りぬけ、先だって山火事のあった
コンキチ洞まで戻ってきた時、権蔵はふと足を止めました。
田んぼのあぜ道にうずくまっている人の姿に気がついたのでした。


「も〜し、どうかしなさったかなあ?」
「・・・・・・」
何もこたえがありません。
権蔵はもう一度「も〜し どうしなさったあ?」
「い・・・いたい・・・」
蚊の鳴くような小さな声が聞こえてきました。


権蔵は手に持っていた鍬を置き、あぜ道へと歩いていきました。
と、そこには若い女の人が足をおさえ苦しんでいるではありませんか。
よく見るとその白い足がなにやらポンポンに膨れています。
「なんじゃ 足を挫いたのかな?」
「・・・ええ・・」
「それは気の毒に、そいじゃあとりあえず家さおいでなさい。
そんな風じゃどこにも行けんしな。」


権蔵はしゃがんで言いました。
「さあ わしの背中におぶさるがええ。さあ」
「------」
「なんじゃ 恥ずかしいのけ?ははは、わしはこのとおりの年寄りじゃ
何にもせえせん。心配ないで・・さあ早く。」


その女の人ははじめはもじもじしていましたが、
権蔵の背中に のりました。
ほんのりと甘すっぱい香りが権蔵の鼻先にながれてきました。
権蔵はなにやら遠く昔を思い出したのか「えへへ・・」と笑いました
「さあさ 家さついたでよ、もうちょこっとがまんしなや。」
「ここで ちょこっと待っててな。」
権蔵はそう言って背中から女の人を家の上がり端に降ろし
裏口へと歩いていきました。


しばらくして、権蔵は手になにやら抱かえて戻ってきました。
「ちょこっと冷たいが、すぐ楽になるでの。さあ その足をこっちへ・・・の」
女の人ははじめもじもじしていましたが、その白い足を権蔵の前に伸ばしました。
足首が大きく腫れています。
権蔵はすりつぶした赤い梅の実を、その足首に塗りました。
ぷ〜んと酸っぱい梅の香りがあたりに漂っています。

「これで痛みも腫れも引くじゃろうて」
権蔵は手ぬぐいを引き裂し包帯がわりにして、足首にまきました。
「ありがとうございます。・・・」
「まんだあんたの名前を聞いてなっかたの。
わしは権蔵と言うんじゃ。見たとおりの貧乏百姓じゃ。」
「わたしは こん お紺と言います。」
「ほお お紺さんか とってもええ名前じゃ。
ところで どうしてあんなとこにおったんじゃ?
どう見てもこの辺の人じゃねえが・・・・。」

お紺はただだまって下を向いておりました。
「ははは ええ 何もいわんでええ 
わしももう何も聞かんからの・・
一晩ゆっくりすれば腫れもひくじゃろからの。」


その夜は、権蔵のこしらえた芋粥を二人して食べました。
ポツンと一人で食べていた権蔵にとっては、
なにやらとても心の和らぐひと時でした。


こうして その夜は刻一刻と過ぎて行きました。


「さあて お紺さん わしは 野良仕事に行ってくるでの。まあゆっくりしとりなされの。」
権蔵はこう言うといつもどおりに畑仕事に出かけていきました。
でも 今日の権蔵はなにやらとても仕事に精がでず、
少しやっては空を見上げ、また少しやっては空を見上げ・・・
一行にはかどりませんでしたが、
時のたつのは早いものでやがて夕暮れが近づいて来ました。


{かあかあ あれれ権蔵どん 今日はやけに早いなあ。 でも早く帰れ かあかあ〜}
カラスが村の方から帰って来た時には権蔵は帰り支度をしていました。
「お天道様 今日も一日ありがとの。」

鎮守様の横を通り、コンチキ洞の傍までくると、遠くに小さな影を見ましたが、
権蔵はただひたすらに家へと足を運びました。


「そうか・・・やっぱり出て行ってしまったか・・・。」
家に着いた権蔵はなかば 
お紺が家に居るのではないかと期待をしておりましたが、
姿はどこにも見えません。


権蔵は今年で40と2歳、
父と母はいまから5年ほど前に流行病いで死んでしまいました。
権蔵には兄弟もおりません。親戚があるのかどうかもわかりません。
権蔵はたった一人でこの家に住んでいました。


パチパチパチ---イロリの赤い火が権蔵の顔に映ります。
権蔵はいつものように 一人で夕飯を食べたのでした。
権蔵がそろそろ寝ようかとした時です。
トントン   「権蔵さん 開けてください。」 トントントン・・・・
戸を叩く音が聞こえました。
だれじゃあ? こんな夜更けに・・・」
「権蔵さん 私です お紺です。 開けてくださいな。」



なんと お紺の声です。
権蔵は あわてて 戸口の留め棒を取り外し、戸を思い切り開けました。
そこには 寒さに震える お紺の姿がありました。
「おお 寒かろう さあ 早く早く!。」
権蔵はお紺をいろりの傍に連れて行きました。


「権蔵さん 黙って出て行きごめんなさい。
どうしてもやらなければならない用があったので行って来ました。」
権蔵さん 私は今までいろんな人と知り合ってきましたが、
あなたのように優しいかたは 初めてです。」
もし 権蔵さんさえ良ければ、私をお嫁さんにしてください。」


お紺の言葉に権蔵は飛び上がらんばかりに驚きました。
まさか 自分にお嫁さんが、しかもこんなきれいなお紺さんが・・
{これは絶対夢じゃ!}
権蔵は自分の右の頬を指でつねってみました。「痛い!」
どうやら夢ではないようです。
権蔵がとても驚いているのを見て、お紺が言いました。
「権蔵さん 突然こんなことを言い出して、ごめんなさい。
もし権蔵さんがいやと言われるなら 私は出て行きます。」
「いいや お紺さん 出て行くことはねえ! 
おら 余りに突然じゃったもんで ちょこっと びっくらこいたんじゃ。」
「本当に こんなおらみたいなもので ええのか?」
「はい 権蔵さんのお嫁さんにしてください。」
「おらは貧乏じゃ。ちっとも楽じゃねえで・・」
「はい 私をお嫁さんにしてください。」
「おらは若くねえぞ それにちっとも かっこええことねえぞ・・・」
「はい 私をお嫁さんにしてください。」
「ほ 本当におらのお嫁さんになってくれるのけ?」
「はい 本当に権蔵さんのお嫁さんにしてください。」
「ほ・ほんなら よろしくお願いしますだ。」
権蔵はペコペコと お紺に頭をさげました。
「はい こちらこそ よろしくお願いします。」
お紺もペコペコと頭をさげました。
二人は何度も何度も頭をさげあっていましたが、
ふと 顔を見合わせ ハハハ・ホホホと笑いあいました。
こうして 権蔵とお紺は夫婦となったのでした。


権蔵がお嫁さんをもらったという話は 村中に行き渡りました。
お紺の姿を一目みようとあちこちから権蔵の家にやってきます。
権蔵は嬉しいような、恥ずかしいような・・・でも お紺はやってくる村人たちに
愛想よくふるまったので、一躍村の人気者になりました。
権蔵も以前に増して一生懸命働くようになったので、少しづつではありますが、
生活にも余裕がでてくるようになりました。
やがて秋も終わり、いよいよ 寒さ厳しい冬がやってこようとしています。
そんなある夜のことです。


権蔵はふと目をさましました。
一緒に寝ていたお紺がつと起き上がりました。
権蔵は厠にでも行くのかなと思い声をかけようとしましたが、
どうも様子が変です。権蔵はじっとしていました。
お紺は権蔵の寝顔を見てから立ち上がり、戸口からそ〜っと外に出て行きました。
権蔵はいったい何事だろうと思い、あわててお紺の後を追いかけました。

三日月の薄暗い月明かりの中、お紺はただ前を見てスタスタと歩いていきます。
権蔵もただ黙ってお紺の後を追いかけます。

やがて村はずれの鎮守様の森の傍まで来た時、
お紺はピタっと立ち止まり、あたりを見回しました。
権蔵はあわてて身を隠しました。
と、そこに 二匹のキツネの子どもが顔を出しました。
お紺は懐から何かをそのキツネの子どもに与えました。
二匹のキツネの子どもはお紺の周りをグルグルと嬉しそうに回り、
やがて姿が見えなくなってしまいました。
お紺はしばらくそこに立ち止まっていましたが、やがてもときた道を帰って行きます。

権蔵はあわてて一目散に近道を通って帰り、床の中に入りました。
頭の中は何がなんだかわからず、胸は高鳴っていました。
{いったいこれは どういうことなんじゃ?}
{なぜ こんな真夜中に しかも あれは キツネじゃった}
{たしか 子ギツネじゃった。}{なぜ お紺が?}

考えても考えても どういうことなのかわかりません。

「ま!まさか お紺はキツネ!・・・・・・・」
そう言って ガバッと起き上がったところに お紺が戻ってきました。


「お紺 おしえておくれ。 これはいったいどういうことか?」
「私の後をつけてくるのはわかってました。あなた いえ権蔵さん。
今はまだ言えません。もう少し待っててください。きっと お話しますから・・・」
「そうか・・お紺がそう言うのなら おらは何も聞かん。」
「ごめんなさい。でも 私は権蔵さんのお嫁さんです。
絶対裏切ったりはいたしません。」
「うんうん おらはお前を信じている。もう何も言うな 
さあさ 寒かったろうに・・・まだ夜が開けるまでは時間がある。
もう少しフトンの中で・・・・・。」
「はい ・・・」


お互いがお互いを信じあい、
二人は冷え切った体を寄せ合っていつしか又眠りにつきました。

「お〜い お前んとこはどうじゃった?」
「いかん! やられた!おまけに親のニワ鳥まで持っていかれたワイ!」
「おらんとこは 畑全部荒らされた!」
「いったい だれが?!」

「おら見たぞ!村外れの鎮守さまの森から キツネが出てくるのを!」
「何!キツネ?!そうか これはキツネの仕業じゃ!」
「そうじゃ キツネじゃ!絶対キツネじゃ!」
「よ〜っしゃ キツネ狩じゃ!村の若い衆を集めろ!鉄砲も用意しろ!」

「山狩じゃあ!」


これを聞いていた権蔵は、あわてて家に走り帰りました。
「お紺!・・・・お〜いお紺!」

お紺がいません。
権蔵は家の周りを探しましたが、どこにもお紺の姿がありません。
「ま!まさか!。」


権蔵は急いで納屋に入り、蓑を身につけ、
今度は一目散に鎮守様の森へと走りました。


「いたぞ〜!!」
「打てえ〜!」


ダダ〜〜〜ン!ダ〜ン!!!


数発の鉄砲の音が村の鎮守様の森にこだましました。
村人達はし止めたキツネの傍にやってきました。 
  !と
!なんとそこには 蓑をかぶった権蔵が倒れていました。

「えらいこっちゃ! オラたちキツネと間違えて 権蔵どんを撃っちまったぞ!」
「権蔵どん お〜い 大丈夫か?」
村人が権蔵を抱きかかえて言いましたが、権蔵はピクリとも動きません。


ゴオ〜〜〜〜!
急に風が出てきました。空もにわかに暗くなり 稲妻が光りはじめました。
鎮守様の森の木々が荒れ狂わんばかりにうねります。
ドド〜〜〜ン!
すざましい稲妻とともに 1匹? !いえ1つ? !いえやはり1匹のキツネ?
 !いいえ これは狼?!が権蔵を囲んでいた村人たちに襲いかかってきました。

「うわ〜」 村人達は逃げ回ります。
そんな村人たちに次々と襲いかかるキツネ、
いえそれは キツネではありません。
これはまさに獣といったほうが正しいでしょう。
村人たちは 権蔵の傍から逃げ出していなくなりました。

鎮守様の森のそば、
権蔵はうすれゆく記憶の中でお紺との甘く楽しい暮らしを顧みてました。
いつしか風もやみ、稲妻も治まり、あたりはし〜〜んとしています。

{暗い・・・もう夜が来たのか?・・・うう 寒い お紺よおら寒いよ〜う}
{お紺 どこへ行ったのじゃ?早くおらの所へ帰ってきておくれ・・お・ お こ ん・・・}

権蔵の傍へ蓑をかぶった者が近づき権蔵を抱きかかえました。


「ご 権蔵さん ごめんなさい。
何も言わず用足しに行ったすきにこんなことになって・・・・・」
「私がもう少し早く 一部始終を話しておれば 
こんなことにならなかったろうに・・・・・・・」
「おお おこん 戻・っ・て・き・て・く・れ・た・か」
「権蔵さん あなた、今 お話します。ーーーーーー
以前この鎮守様の奥のコンチキ洞で山火事があったとき、
私は丁度山菜をとりにこの山へ入っていました。
その時煙にまかれ行き場がわからなくなっていた時に一匹のキツネが私を安全な方へと導いてくれたのです。
そのあと子ギツネを連れ出そうとした時に倒れてきた木に挟まり、
そのキツネはかわいそうに命を落としてしまったのです。
その時から、私はこの子ギツネが一人前になるまで面倒をみようと、
時々食べ物などを運んでいたのです。」
「そんなんで 私がキツネの化身と思っていたんですね、あなたは・・・。
ごめんなさい もっと早くいえばよかった。」
「畑を荒らしたり、ニワトリを取ったりしたのは、イノシシと山犬です。
キツネではありません。」
「あなたは そんなことをしたのは 
キツネと思いそんな蓑を着て身代わりになろうとしたのね・・・」
「やさしい あなたは それが私だと思い、それで・・・・」

お紺の目から大粒の泪が権蔵の顔に落ちていきます。
「お・こ・ん・ご・・め・ん・お・ま・え・を・う・が・って・・・・おまえと・・・・めおとに・・なれて・・・・・・・
・・・おら・・・ほ ん とう・・に・・・う・れ・し・か・・・・った・・・・・・・・・あ・・り・・・が・・・と--------・・う」
「あ あなたあ〜〜〜〜〜」


お紺は権蔵をより強く抱きかかえ、自分の顔を権蔵にくっつけようとした時です!



ドキューーーーン!

一発の銃声が静けさを突き破りました。

ドキュ〜〜〜ン!


村人たちが戻ってきました。
そしてそこに見たのは、権蔵とお紺が重なり合って死んでいる姿でした・・・・・
村人の誰かがお紺を、権蔵に襲いかかる獣と間違え、
思わず鉄砲の引き金を引いたのでしょう。
でも 二人はとても幸せそうな顔をしていました。


村人達はこのことを、おおいに悔やみ ここに塚を建てました。


以来、この塚のことを人々は<権蔵塚>と呼ぶようになりました。
不思議な事に、ここに来ると、どんな激しい夫婦ケンカをしていても
ピタリと治まるそうです。
これは権蔵とお紺の夫婦愛のご利益がそうさせるのでしょうか・・・・・

時折、この塚にキツネがやってきて、塚の周りをグルグルまわってから
姿を消すそうですが、もう人々はキツネを追いかける事はなくなりました。


ピピピ・・・・・・鎮守様の森の木々に小鳥が飛び交います。
その下、<権蔵塚>は村の人々を見つめるようにひっそりと建っています。
で、よく見ると
そこには権蔵とお紺が連れ添って見つめているような・・・・・・・・・

おしまい